2007年05月26日

オテル・ドゥ・マーシャル・ネイはつぶれていました

ダ・ヴィンチ・コード


1981年の春、パリに戻って来ました。駅からテクテク歩いて、懐かしいオテル・ドゥ・マーシャル・ネイに行ったら、なんと、つぶれていました。

まいったなアとしばらく、呆然とたたずんでいました。

ここにいた日本人たちはどこに行ってしまったのだろう。何か問題でも起きて、みんな、追い出されてしまったのだろうか。

どうしようかと考えましたが、一本向こうの通りに「ホテル・ニコル」という安ホテルがあったのを思い出しました。私は泊まった事はありませんが、マーシャル・ネイが満室だった時、そっちのホテルに泊まって部屋が空くのを待っていた人がいました。

さっそく、行ってみました。一泊の料金は20フランだったと思います。マーシャル・ネイより5フラン高いけど仕方がありません。案内されたのは、少し離れた所にある別館でした。

部屋は狭くて、ベッドと机と流しと洋服ダンスがあるだけで、小さな窓が付いていました。確か、四階か五階だったと思います。勿論、エレベーターなんてありません。

その部屋にそんなに長く滞在するつもりはなかったのですが、結局、一年以上、お世話になる事になります。長期滞在している人も何人かいましたが、日本人は見かけませんでした。


勝手にしやがれ  パリの恋人  オペラ座の怪人  パリは気まぐれ  ドンファン  ムーラン・ルージュ
ラベル:パリ
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2007年05月09日

アディオス、スペイン

イベリア 魂のフラメンコ


年が変わって、3月半ば頃までマドリッドにいましたが、毎日、何をしていたのか、記憶にありません。

マドリッドの冬は雪も降ったし、寒かったと思いますが、大して売れない絵やアクセサリーを道端で売っていたのかもしれません。テレビもなく、音楽を聴くでもなく、何をしていたのでしょう。

そういえば、今、思い出しました。画家のB氏から、山本周五郎の文庫本を借りて読んでいた時期がありました。周五郎を読んだのは初めてでしたが、けっこう面白くて、何冊も借りて読みました。

ポリスがうるさくなって、道端で商売するのも厳しい状態になって来て、ビザも切れるし、三月の半ばにパリに戻る事に決めました。

マドリッドには日本食のレストランが少なく、アルバイトもありません。パリに行って、金を稼ごうと思いました。去年、国外退去になったけど、フランスの政権が変わったので、大丈夫だろうと、半年間を過ごしたスペインを後にしました。

スペインは過ごしやすい国でした。人々も陽気で楽しく、気楽に「オーラ」と挨拶を交わしてくれました。あまり、縁はありませんでしたが、セニョリータも可愛い娘が結構いました。

何となく、後ろ髪を引かれるような思いで、独り、パリへと旅立ちました。


ビゼー:歌劇 カルメン  カルメン  ハモン・ハモン  ドン・ジュアン  ベルエポック  サロメ
ラベル:マドリッド
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2007年04月26日

1981年に公開された日本映画

駅 STATION


私が海外にいた1981年、日本ではどんな映画が公開されていたのか調べてみました。

松田優作さんが健在で、「ヨコハマBJブルース」と鈴木清順監督の「陽炎座」が公開されていました。

高倉健さんの「駅」が公開されたのも、この年でした。

深作欣二監督の「魔界転生」では沢田研二さんが天草四郎を演じています。

寅さん映画では、お盆が「浪花の恋の寅次郎」で、マドンナは松坂慶子さん、暮れが「寅次郎紙風船」で、マドンナは岸本加世子さんと音無美紀子さんでした。

新藤兼人監督の「北斎漫画」もこの年で、緒形拳さんが葛飾北斎を、北斎の娘、お栄を田中裕子さんが演じています。

菅原文太さんと松坂慶子さんの共演で「青春の門」も公開されていますが、こんな作品があったなんて、まったく知りませんでした。

萩原健一さんの伊右衛門、関根恵子さんのお岩、「太陽にほえろ」のコンビで、「魔性の夏 四谷怪談より」というのが公開されています。これも全然知りませんでした。この映画には夏目雅子さんもお岩の妹役で出ています。

今村昌平監督の「ええじゃないか」では泉谷しげるさんと桃井かおりさんが共演しています。

藤田敏八監督の「スローなブギにしてくれ」では浅野温子さんが主演しています。

松田聖子さんの「野菊の墓」もこの年でした。

日活のロマンポルノも新しい女優さんを迎えて頑張っていたようです。


ヨコハマBJブルース  魔界転生  青春の門  魔性の夏 四谷怪談より  スローなブギにしてくれ  野菊の墓
ラベル:1981年
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2007年04月11日

年が明けて、1981年になりました

Seiko Matsuda


マドリッドで1980年は暮れ、1981年が始まりました。

いつもの仲間たちと集まって、新年を迎えたのだろうと思いますが、覚えていません。

クリスマスはみんなで集まって騒ぎました。顔に絵の具を塗って街に繰り出したら、予想外に街は静かで拍子抜けしたのを覚えています。

カトリック信者の多いスペインではクリスマスは家庭で静かに過ごすようです。恥ずかしくなって、公園の噴水で顔を洗ってお開きになりました。

さて、1981年がどんな年だったのか、調べてみました。

その年の日本は豪雪で始まったようです。

1月にロナルド・レーガンがアメリカの大統領に就任して、5月にミッテランがフランスの大統領に就任しています。

6月にパリで日本人留学生がオランダ人女性を殺し、バラバラにして、その肉を食べるという事件がありました。

7月にダイアナ妃がチャールズ王子と結婚しています。

10月に夕張炭鉱で火災事故が起きて93人も亡くなっていますが、今現在まで、まったく知りませんでした。

11月に女優のナタリー・ウッドが亡くなり、12月に作家の横溝正史が亡くなっています。

黒柳徹子の「窓ぎわのトットちゃん」と田中康夫の「なんとなくクリスタル」がベストセラーだったようです。

ヒット曲は、寺尾聡の「ルビーの指輪」、五輪真弓の「恋人よ」、松山千春 の「長い夜」、西田敏行の「もしもピアノが弾けたなら」、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」、竜鉄也の「奥飛騨慕情」、山本譲二の「みちのくひとり旅」などがあって、去年デビューした松田聖子も数々のヒット曲を歌っています。

テレビでは「オレたちひょうきん族」「北の国から」が始まっています。

そして、女優の菊地凛子、柴咲コウ、眞鍋かをり、片瀬那奈、歌手のビヨンセ、中日ドラゴンズの朝倉、日本ハムの正田、スケートの荒川静香らが、この年に誕生していました。

あれから、そんなにも月日が流れていたとは、信じられない事です。


ダイアナ妃物語  青春歌年鑑’81 BEST30  オレたちひょうきん族  北の国から DVD 12巻セット  ビヨンセ Beyonce / Dangerously In Love
ラベル:1981年
posted by 酔雲 at 10:25| Comment(0) | TrackBack(1) | 旅-6(スペイン編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月18日

ワインとオリーブ

情熱のスペイン


スペインにはバルと呼ばれる一杯飲み屋が数多くあります。

カウンターとボックス席が2つ3つの小さな店が多く、客はワインを立ち飲みします。一杯のワインにちょっとしたつまみが付いていて、オリーブを出す店が多かったように思います。

ワインはボトルからではなく、樽から注いでくれます。壁に何種類かのワインの樽が並べてあって、好きなのを選んで飲むわけです。つまみのオリーブも色々な種類がありました。

オリーブをつまみながら、ワインを一杯飲んで、次のバルへとはしごをします。値段が安いので、皆、5、6軒はしごをするのではないでしょうか。

昼間も営業していて、コーヒーやサンドイッチも出していたような気がします。昼間っから、ワインを飲んでいるスペイン人もいましたが‥‥‥

気楽に入れる店が多く、夜になるとスペインの人たちは陽気に騒いでいました。


クイーングリーン・オリーブ  フラガタ・スパニッシュ・オリーブ・オレンジ  アディーナライプオリーブ  バルニエ オリーブリュック・グリーン  【リビー】スタッフドオリーブ  イバラ オリーブ・ガーリック
ラベル:マドリッド
posted by 酔雲 at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅-6(スペイン編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月05日

トレドに行きました

ジグソーパズル[スペインの古都 トレド]


モロッコに行く前だったと思いますが、トレドに行きました。

みんなから、トレドだけは是非、見るべきだと勧められて、スウェーデンから流れて来たO氏と一緒にバスに乗って出掛けました。

古い街だとは聞いていましたが、思っていた以上に、中世がそっくりそのまま残っている街でした。

石畳の敷かれた道を不思議な国に来たような気分でキョロキョロしながら歩きました。男同士で歩くよりも恋人同士で歩くべき街です。

エル・グレコの家があって、勿論、見学しました。グレコの絵も何枚か見たと思いますが覚えていません。

古い石の橋を渡って、向こう側から見たトレドの街は見事でした。


スペイン製メタルハイザラ  スペイン製 カントリー チェスト  スペイン製 カントリー ダイニング5点セット  スペインダマスク彫金ペンダント  エンジェル・バーチューコレクション「愛の天使」
ラベル:トレド
posted by 酔雲 at 11:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅-6(スペイン編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月22日

DUCADOSを吸いながら

  
ducados     fortuna


スペインにいた頃は、DUCADOSというタバコを吸っていました。

当時、日本ではセブンスターが150円、ハイライトが120円だったと思います。マイルドセブンはあったと思いますが、今のように、ライトとかスーパーライトとかはありませんでした。

今はどこに行っても禁煙で、タバコを吸う場所を探すのが大変ですが、あの頃はそんな事はなく、ヨーロッパでは若い女の子もよくタバコを吸っていて、道端で、タバコをねだられる事がよくありました。

DUCADOSは日本円にして70円位だったような気がします。タバコの葉が少し黒くて、独特な香りがありました。慣れてしまえば、少しも気になりませんが。

DUCADOSの上にFORTUNAというタバコがあって、それは100円位だったと思います。FORTUNAの方がうまいのですが、値段の差は大きく、DUCADOSばかり吸っていました。

時々、紙巻タバコのDRUMも吸っていました。片手だけでカッコよく巻く練習をしたものです。


手巻きタバコ用巻紙  一発笑火! おもしろ火消し灰皿セット  オイルマッチ  【どこでも着火】バードアイ丸缶ロウマッチ  
ラベル:たばこ
posted by 酔雲 at 10:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅-6(スペイン編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月17日

腕時計を買いました

CITIZEN 目覚まし時計 パルデジットR051


毎日、絵を売っていたマヨール広場から、アパートに帰る途中、ディスカウント・ショップがあって、そこで腕時計を買ったのを思い出しました。

私は腕に時計をはめるのが好きではなく、普段も腕時計はしません。日本を出る時もしていませんでした。

山の中に行くわけではなく、都会に行くのだから、時計なんてどこにでもあるだろうと思って気にもしませんでした。小さな目覚まし時計だけは持って行きました。

パリで絵を売っている時、近くに時計はなく、太陽の位置で時を計っていました。それでも、駅とか空港とかには時計があるので何とかなりました。

腕時計がなくてもどうにかなったのですが、毎日、その店の前を通って、飾ってある時計を見ているうちに欲しくなって、とうとう、買ってしまいました。デザインが気に入ったのでしょう。安い時計だったので、日本に帰って来る前に壊れてしまいました。


セレクトウォッチ SUPREME  CASIO G-SHOCK MR-G  タグホイヤー アクアグラフ  ブライトリング クロノマットエボリューション
ラベル:マドリッド
posted by 酔雲 at 16:27| Comment(0) | TrackBack(1) | 旅-6(スペイン編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月11日

気楽に生きていました

カルメン・フランコ


マドリッドに戻り、いつの頃からか忘れましたが、ホテルから安いアパートに移りました。

あの頃は携帯電話などありませんでしたが、何となく自然に集まって、仲間たちと行動を共にしていました。溜まり場になっているバルに顔を出すと誰かがいて、誰かの噂をしていると本人が現れるといった具合でした。

いちいち約束をするわけでもなく、何となく一緒になって何かをしていました。ビンゴに行ったり、ボーリングに行ったり、ビリヤードに行ったり、酒を飲んだりしていました。

フラメンコを見に行った事もありました。画家のA氏とB氏のアパートで徹夜麻雀をしたりもしました。

道端で絵やアクセサリーも売っていましたが、毎日、気楽にやっていました。残念ながら、セニョリータたちと出会う機会はありませんでしたが‥‥‥


カーサ・デ・ラ・エルミタ  リベレーニョ  エル・ビンクロ・リゼルバ  テルマンシア 2003
ラベル:マドリッド
posted by 酔雲 at 12:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅-6(スペイン編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月05日

セビリアでスーパーマン

スーパーマン


タンジェールで、マドリッドに帰る画家のS氏と別れて、私は独り、セビリアに向かいました。

何となく、アンダルシア地方のセビリアに行ってみたかったのです。「カルメン」の故郷だったからかもしれません。

マドリッドではセビージャと言っていましたが、セビリアはパリのように街中に川が流れていて、白い建物が多く、静かな街でした。

安ホテルに2泊して、街をぶらつきましたが、あまり覚えてはいません。カルメンのような情熱的な女性にも巡り会えませんでした。

記憶に残っているのは、映画館で「スーパーマン2」を観た事です。「スーパーマン1」は日本を出る前に観て面白かったので、迷わずに飛び込みました。字幕はスペイン語で、英語のセリフはほとんどわからなかったのですが、面白かったです。


カルメン カルメンという名の女  スーパーマン スーパーマン2 冒険編 スーパーマンIII 電子の要塞 スーパーマンIV 最強の敵 スーパーマン・リターンズ
ラベル:セビリア
posted by 酔雲 at 12:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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