2008年10月18日

1984年に公開された映画



1984年(昭和59年)、この年の話題作はスピルバーグ監督の「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」です。インディ・ジョーンズシリーズの第2作目で、トロッコのシーンが有名になりました。

18歳のブルック・シールズが主演した「サハラ」、19歳のダイアン・レインの「ストリート・オブ・ファイヤー」、20歳のジェット・リーの「少林寺2」、20歳のヘレン・スレイターの「スーパーガール」、23歳のダリル・ハンナの「スプラッシュ」、25歳のケヴィン・ベーコンの「フットルース」もこの年に公開されました。

アル・パチーノ主演の「スカー・フェイス」、ロバート・レッドフォード主演の「ナチュラル」、ロバート・デ・ニーロ主演の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」、ジャン・リュック・ゴダール監督の「カルメンという名の女」、フィリップ・カウフマン監督の「ライト・スタッフ」も公開されました。

「グレムリン」と「ゴーストバスターズ」もこの年に公開されています。

日本映画では、宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」、北大路欣也主演の「空海」、夏目雅子主演の「瀬戸内少年野球団」、吉永小百合主演の「天国の駅」と「おはん」、薬師丸ひろ子主演の「メイン・テーマ」、仲代達矢主演の「北の蛍」、松坂慶子主演の「上海バンスキング」、真田広之主演の「麻雀放浪記」が公開されました。

寅さんシリーズは中原理恵がマドンナの「夜霧にむせぶ寅次郎」と大原麗子がマドンナの「寅次郎真実一路」が公開されました。


インディ・ジョーンズ コンプリート・コレクション  少林寺2  スーパーガール  フットルース  スカーフェイス  ナチュラル  ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ  カルメンという名の女  ライトスタッフ  風の谷のナウシカ  空海  瀬戸内三部作メモリアルDVD-BOX  おはん  メイン・テーマ  北の蛍  上海バンスキング  男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎  男はつらいよ 寅次郎真実一路
ラベル:1984年
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2008年09月28日

ポール・ニューマン

明日に向かって撃て


ポール・ニューマンさんが9月26日に亡くなりました。83歳でした。

1969年に公開されたアメリカン・ニューシネマの最高傑作「明日に向かって撃て」は何度も観ました。当時、ポール・ニューマンは44歳、ロバート・レッドフォードは33歳、キャサリン・ロスは29歳、監督のジョージ・ロイ・ヒルは47歳でした。ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが11年も歳の差があったなんて今回、調べて初めて知りました。

動画「Butch Cassidy and The Sundance Kid」「Butch Cassidy Fight

1925年、オハイオ州クリーブランドで生まれたポールは第二次世界大戦中は海軍に入隊し、戦後は演劇を志してニューヨークのアクターズ・スタジオに入ります。同期生にマーロン・ブランドとジェームズ・ディーンがいました。

1954年、ヴィクター・サヴィル監督の「銀の盃」で映画デビューを飾り、映画もヒットしますが、映画会社がポールの事を「第二のマーロン・ブランド」と宣伝した事が気に入らず、ハリウッドを去ってブロードウェイに戻ります。

1956年、ロバート・ワイズ監督の「傷だらけの栄光」で主役のボクサー、ロッキー・グラジアノを演じ、その演技が高く評価されて、ようやく有名になります。

1958年、テネシー・ウィリアムズ原作の「熱いトタン屋根の猫」に出演して、アカデミー主演男優賞にノミネートされます。

1960年に「栄光への脱出」、1961年に「ハスラー」、1966年に「引き裂かれたカーテン」「動く標的」、1967年に「暴力脱獄」、1968年に「脱走大作戦」とヒット作に出演して、1969年の「明日に向かって撃て」となります。その後も、1970年に「わが緑の大地」を監督主演をして、1972年に「ロイビーン」、1973年に「スティング」、1974年に「タワーリング・インフェルノ」、1982年に「評決」、1986年に「ハスラー2」と話題作に出演しました。


明日に向かって撃て!   ハスラー  暴力脱獄  ロイ・ビーン  スティング  タワーリング・インフェルノ
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2008年06月11日

1983年に公開された映画

ガンジー



1983年(昭和58年)は東京ディズニーランドが開園した年です。早いもので、開園してから25年にもなります。

前年にアカデミー作品賞を受賞した「ガンジー」が4月に公開されました。監督はリチャード・アッテンボローです。リチャード・アッテンボローといえば「大脱走」でビッグXを演じていた俳優です。彼が監督したのかと驚きましたが、1977年の大作「遠すぎた橋」も監督していました。「ガンジー」ではアカデミー監督賞を受賞しました。

ポール・ニューマンとシャーロット・ランプリングが共演した「評決」、ダスティン・ホフマン主演の「トッツィー」、リチャード・ギアとサム・シェパード共演の「天国の日々」、クリストファー・リーブ主演の「スーパーマン3・電子の要塞」、ジェニファー・ビールス主演の「フラッシュダンス」、マリー・フランス・ピジェ主演の「ココ・シャネル」、ロビン・ウィリアムズ主演の「ガープの世界」、ショーン・コネリーとキム・ベイシンガー共演の「ネバーセイ・ネバーアゲイン」が公開されました。

C・トーマス・ハウエル、マッド・ディロン、パトリック・スウェッジ、トム・クルーズなど、後に活躍する若手俳優が多数出演したフランシス・フォード・コッポラ監督の「アウトサイダー」が公開されたのもこの年です。

日本映画では夏目雅子主演の「時代屋の女房」と「魚影の群れ」、萩原健一主演の「もどり川」、松田優作主演の「家族ゲーム」、原田知世主演の「時をかける少女」、高倉健主演の「南極物語」と「居酒屋兆治」、金子正次主演の「竜二」、薬師丸ひろ子主演の「里見八犬伝」が公開されました。

寅さんシリーズは「旅と女と寅次郎」と「口笛を吹く寅次郎」が公開され、マドンナは都はるみと竹下景子でした。


評決  天国の日々  フラッシュダンス  ガープの世界  ネバーセイ・ネバーアゲイン  アウトサイダー  時代屋の女房  家族ゲーム  南極物語  竜二  里見八犬伝  男はつらいよ 旅と女と寅次郎
ラベル:1983年
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2008年03月27日

ラストタンゴ・イン・パリ

ラストタンゴ・イン・パリ


「ラストタンゴ・イン・パリ」という映画があります。

1972年に公開されたフランスとイタリアの合作で、監督はベルナルド・ベルトリッチ、主演はマーロン・ブランドとマリア・シュナイダーです。

ベルトリッチ監督は後に「ラスト・エンペラー」を撮り、マーロン・ブランドは同じ年に「ゴッドファーザー」に出演しています。マリア・シュナイダーは当時、20歳の女優さんで、1974年、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「さすらいの二人」で、ジャック・ニコルソンと共演しています。

きわどい描写のため、イタリアで上映禁止になったという宣伝につられて、公開時に映画館で観ましたが、あまりよくわかりませんでした。

パリにいた時、どこだったか覚えていませんが、上映していました。無修正なら観てみようと思い、映画館に入りました。

言葉はわかりませんでしたが、見慣れた風景が出て来て、何となく、わかったような気になりました。


ラストタンゴ・イン・パリ  ラストエンペラー  ゴッドファーザー  さすらいの二人
ラベル:パリ
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2008年01月31日

1982年に公開された映画

海峡



1982年に公開された映画を調べてみました。

ヘンリー・フォンダとジェーン・フォンダ父娘とキャサリン・ヘップバーンが共演した「黄昏」が公開されました。ヘンリー・フォンダはこの作品で、アカデミー主演男優賞に輝きましたが、この年の8月に亡くなってしまいました。

ジャクリーン・ビセットとキャンディス・バーゲンが共演した「ベストフレンズ」、シルヴィア・クリステル主演の「チャタレイ夫人の恋人」、ハリソン・フォード主演の「ブレードランナー」、スティーヴン・スピルバーグ監督の「ET」、シルヴェスター・スタローン主演の「ランボー」、リチャード・ギアとデブラ・ウィンガー共演の「愛と青春の旅立ち」が公開されました。

ジェット・リーがリー・リンチェイの名で映画デビューした「少林寺」が公開されたのもこの年でした。

日本映画では夏目雅子主演で五社英雄監督の「鬼龍院花子の生涯」、高倉健と吉永小百合が共演した森谷司郎監督の「海峡」、松坂慶子主演で深作欣二監督の「蒲田行進曲」、栗原小巻主演で今井正監督の「ひめゆりの塔」、田中美佐子主演で藤田敏八監督の「ダイアモンドは傷つかない」、宇都宮雅代主演で高林陽一監督の「雪華葬刺し」が公開されました。

寅さんシリーズは「寅次郎あじさいの恋」と「花も嵐も寅次郎」が公開され、マドンナはいしだあゆみと田中裕子でした。「花も嵐も寅次郎」で共演した田中裕子と沢田研二は、それが縁で結婚したようです。


ブレードランナー 製作25周年記念 アルティメット・コレクターズ・エディション  E.T.  ランボー  少林寺  終電車  鬼龍院花子の生涯  蒲田行進曲  ダイアモンドは傷つかない  水のないプール  男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋  男はつらいよ 花も嵐も寅次郎
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2007年09月19日

野良猫ロック

野良猫ロック・セックスハンター


藤竜也さんで思い出しましたが、日活撮影所がロマンポルノ路線に切り替わる前、日活ニューアクションと呼ばれる映画がありました。若手の長谷部安春監督、藤田敏八監督、澤田幸弘監督、小沢啓一監督たちが面白い映画を作っていました。

代表と言えるのが「野良猫ロック」シリーズです。若き日の藤竜也さん、梶芽衣子さん、范文雀さん、地井武男さん、原田芳雄さんたちが、映像の中で、生き生きと遊んでいます。

学生の頃、名画座のオールナイトで、シリーズ五本立てを観たのを懐かしく思い出しました。


女番長・野良猫ロック  野良猫ロック・ワイルドジャンボ  野良猫ロック・マシンアニマル  野良猫ロック・暴走集団’71  反逆のメロディー  野良猫ロック コンプリートDVD-BOX
ラベル:野良猫ロック
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2007年08月24日

愛のコリーダ

愛のコリーダ


モンマルトルだったか、カルチェ・ラタンだったか覚えていませんが、「愛のコリーダ」を上映している映画館がありました。

阿部定事件を扱った大島渚監督の「愛のコリーダ」は、1981年当時より五年前に公開されましたが、日本ではズタズタにカットされているというので観ませんでした。

ノーカット版なら観ておくべきだと思って、鑑賞しました。

田中登監督の「実録阿部定」は観ていたので、ストーリーは知っていました。

観終わってみて、あれほど大騒ぎする映画なのかという感じでした。大島渚監督の意気込みは伝わってきますが、ちょっと期待はずれな感じを受けました。

吉蔵を演じた藤竜也さんはよかったのですが、阿部定を演じた女優さんが、イマイチだったのかもしれません。


実録 阿部定  SADA  阿部定事件  阿部定正伝  阿部定手記
ラベル:パリ
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2007年04月26日

1981年に公開された日本映画

駅 STATION


私が海外にいた1981年、日本ではどんな映画が公開されていたのか調べてみました。

松田優作さんが健在で、「ヨコハマBJブルース」と鈴木清順監督の「陽炎座」が公開されていました。

高倉健さんの「駅」が公開されたのも、この年でした。

深作欣二監督の「魔界転生」では沢田研二さんが天草四郎を演じています。

寅さん映画では、お盆が「浪花の恋の寅次郎」で、マドンナは松坂慶子さん、暮れが「寅次郎紙風船」で、マドンナは岸本加世子さんと音無美紀子さんでした。

新藤兼人監督の「北斎漫画」もこの年で、緒形拳さんが葛飾北斎を、北斎の娘、お栄を田中裕子さんが演じています。

菅原文太さんと松坂慶子さんの共演で「青春の門」も公開されていますが、こんな作品があったなんて、まったく知りませんでした。

萩原健一さんの伊右衛門、関根恵子さんのお岩、「太陽にほえろ」のコンビで、「魔性の夏 四谷怪談より」というのが公開されています。これも全然知りませんでした。この映画には夏目雅子さんもお岩の妹役で出ています。

今村昌平監督の「ええじゃないか」では泉谷しげるさんと桃井かおりさんが共演しています。

藤田敏八監督の「スローなブギにしてくれ」では浅野温子さんが主演しています。

松田聖子さんの「野菊の墓」もこの年でした。

日活のロマンポルノも新しい女優さんを迎えて頑張っていたようです。


ヨコハマBJブルース  魔界転生  青春の門  魔性の夏 四谷怪談より  スローなブギにしてくれ  野菊の墓
ラベル:1981年
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2007年02月05日

セビリアでスーパーマン

スーパーマン


タンジェールで、マドリッドに帰る画家のS氏と別れて、私は独り、セビリアに向かいました。

何となく、アンダルシア地方のセビリアに行ってみたかったのです。「カルメン」の故郷だったからかもしれません。

マドリッドではセビージャと言っていましたが、セビリアはパリのように街中に川が流れていて、白い建物が多く、静かな街でした。

安ホテルに2泊して、街をぶらつきましたが、あまり覚えてはいません。カルメンのような情熱的な女性にも巡り会えませんでした。

記憶に残っているのは、映画館で「スーパーマン2」を観た事です。「スーパーマン1」は日本を出る前に観て面白かったので、迷わずに飛び込みました。字幕はスペイン語で、英語のセリフはほとんどわからなかったのですが、面白かったです。


カルメン カルメンという名の女  スーパーマン スーパーマン2 冒険編 スーパーマンIII 電子の要塞 スーパーマンIV 最強の敵 スーパーマン・リターンズ
ラベル:セビリア
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2006年08月28日

パリで観た映画

トム・ホーン


モンパルナスの映画館でスティーヴ・マックイーンの西部劇「トム・ホーン」を観ました。

久々のマックイーンの映画だったので、期待して観に行きましたが、何と、マックイーンがフランス語をしゃべっていました。吹き替えだったのです。日本ではテレビの映画は吹き替えになりますが、映画館の映画は字幕スーパーです。まさか、映画館で吹き替えだなんて驚きました。

英語でしゃべっていても、ろくにわからないのに、フランス語ではまったくわかりません。移民としてアメリカに渡ったフランス人もいたでしょうが、西部劇にフランス語は似合いません。まして、マックイーンが「ボン・ジュール」なんて、全然、似合いませんでした。

マックイーンといえば、モンパルナスの奥の方にあった名画座のような映画館で特集を組んで上映していました。マーシャル・ネイの仲間たちと一緒に観に行きました。

料金も安く、二本立てだったと思います。そこでは日本映画の特集もやっていて、黒澤明や小津安二郎、溝口健二なども特集を組んで上映していました。日本映画も何かを観たような気もしますが覚えていません。

一度、パリを出て、翌年に戻って来た時の事ですが、「愛と哀しみのボレロ」を観ました。クロード・ルルーシュの久々の作品だったと思います。

どうして、その映画を観る気になったのかは忘れました。予備知識はまったくなく、「男と女」を監督したルルーシュだから観てみようと思ったのかもしれません。

観て感動しました。フランス語なので、セリフは理解できなかったかもしれませんが、映像と音楽によって、内容は理解できたつもりです。ほんとに感動しました。

一度ではわからない所もあって、三度、映画館に通いました。サウンドトラックのカセットテープも買って、聞いていました。勿論、日本に帰って来てから、字幕スーパーを観て、感動を新たにしました。


スティーブ・マックィーン エッセンシャル・コレクション BOX  スティーブ・マックィーン・フィルムス  大脱走  シンシナティ・キッド  DVD 愛と哀しみのボレロ
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2006年05月16日

キーラ・ナイトレイとミーシャ・バートン

キーラ・ナイトレイ


アメリカからイギリスに飛んだのは、ジュリー・クリスティやジャクリーン・ビセットのような女性との出会いだったのですが、ロンドンではそんな女性とは出会えませんでした。残念ながら、美人といえる女性には一度もお目にかかりませんでした。

最近はどんな人が活躍しているのか、イギリス出身の女優さんを調べてみました。キーラ・ナイトレイとミーシャ・バートンいう美人女優がいました。

キーラは1985年生まれ、ミーシャは1986年生まれで、私がロンドンに行った1980年には、まだ生まれてもいません。そんな人たちが活躍するようになるなんて、何となく、不思議な気持ちです。

キーラは2003年にイギリスのテレビドラマで「ドクトル・ジバゴ」に主演していました。1965年にジュリー・クリスティが演じていたラーラの役をやったようです。どんなラーラだったのか見てみたいと思います。ただ、あの長い話を120分に納めてしまったのは、ちょっと無理があるような気がします。同じ年にアメリカ映画の「パイレーツ・オブ・カリビアン」に出て、翌年には「キング・アーサー」に出ています。その2作品で人気が沸騰して、今年のアカデミー賞では「プライドと偏見」という映画で主演女優賞にノミネートされています。

ミーシャの方は子役から活躍していて、13歳の時、「シックス・センス」に出ていました。その映画は見ましたが、気づきませんでした。2003年には主演ではありませんが、「ミッシング・ハイウェイ」という映画に出ています。アメリカのテレビドラマやモデルとしても活躍しているようです。

二人とも将来が楽しみな女優さんです。


パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち キング・アーサー プライドと偏見 シックス・センス ミッシング・ハイウェイ The OC <ファースト・シーズン> Vol.1 ミーシャ・バートンのSex in Ohio
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2006年04月17日

映画の中のLee

Lee ストームライダー


「出逢い」でレッドフォードがLeeのストームライダーを着ていましたが、マリリン・モンローの主演映画「バス停留所」で相手役のドン・マーレーが着ていたのを思い出しました。

1956年の映画です。今もありますから、50年も変わらずに存在しているというのは、やはり、凄い事なのでしょう。

サム・シェパードが1986年の「フール・フォア・ラブ」で、トム・クルーズも1990年の「デイズ・オブ・サンダー」で着ていました。

ストームライダーではありませんが、Leeのライダージャケットはエルヴィス・プレスリーが1957年の「監獄ロック」で、デニス・ホッパーが1971年の「ラスト・ムービー」で、スティーヴ・マックイーンが1972年の「ジュニア・ボナー」で着ていました。

ジーンズの方ではジェームズ・ディーンが1955年の「理由なき反抗」で、1956年の「ジャイアンツ」でもはいていたように思います。

思い出したので書き並べてみました。

私も昔はLeeを愛用していました。今はWranglerを愛用しています。

私のジーンズ履歴はBIGJOHN→Levi's→Lee→Wranglerという感じで、ここしばらくはWranglerに落ち着いています。


Wrangler W9511-89 Gジャン11MJZ  バス停留所  デイズ・オブ・サンダー  監獄ロック  理由なき反抗
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2006年04月14日

ロサンジェルスで観た映画

出逢い


リトル東京を離れる前に、ロサンジェルスで映画を観た事を思い出しました。

「地獄の黙示録」と「出逢い」の二本です。

「地獄の黙示録」はコッポラの作品で、日本を出る前から話題になっていたと思います。ついに公開されたというので、観に行きました。

かなり大きな映画館だったと思います。タイトルもなく、すぐに本編が始まったのを覚えています。

大きなポップコーンを買って、食べながら鑑賞しました。

セリフが理解できないせいか、よくわからない映画でした。日本に帰って来てから見直し、さらに、ディレクターズカット版を観て、ようやくわかりました。

「出逢い」はロバート・レッドフォードとジェーン・フォンダの共演、監督はシドニー・ポラックです。

ポラックとレットフォードはよく組んで撮っています。ジェーン・フォンダとも「ひとりぼっちの青春」を撮っています。

レッドフォードとジェーン・フォンダも以前、二本の映画に共演していて、12年振りの共演です。

3人共、好きだったので、期待して観に行きました。

かつてはロデオスターだったが、今は見せ物になってしまって、毎日、酔っ払っているレッドフォードが、自分と同じ境遇の名馬と出逢い、その名馬を自然に返すという話です。

ジェーン・フォンダはレッドフォードと名馬の行方を追うニュースキャスター役です。

レッドフォードの生き方が反映している映画だと思いました。けっこう、面白かったです。

レッドフォードが着ていたLeeのストームライダーもカッコよかったです。

地獄の黙示録#特別完全版  大いなる勇者  コンドル 裸足で散歩  Lee リアルヴィンテージ ストームライダー
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2006年04月09日

1979年、映画館で観た映画

天国から来たチャンピオン


ちょっと寄り道して、アメリカに渡った1979年にどんな映画が公開されたのか調べてみました。

その年、映画館で観た映画は「ファール・プレイ」「天国から来たチャンピオン」「ディア・ハンター」「ビッグ・ウェンズデー」「スーパーマン」「ドランクモンキー、酔拳」「エイリアン」「チャンプ」「チャイナ・シンドローム」「ロッキー2」「サンバーン」「新・明日に向かって撃て」がありました。

結構、名作が揃っていたようです。

「ファール・プレイ」は眼の大きなゴールディ・ホーン主演のコメディーです。

「天国から来たチャンピオン」はウォーレン・ベイティー監督主演で、ヒロインはジュリー・クリスティでした。「ドクトル・ジバゴ」の頃から、私はジュリー・クリスティのファンで、この映画はその後も何度か観ています。

「ディア・ハンター」は文句なく名作です。今は忘れましたが、音楽も良かったように思います。

「ビッグ・ウェンズデー」はジャン・マイケル・ヴィンセント、ウィリアム・カット、ゲイリー・ビジーの3人が主役のサーフィンの話です。この映画も好きで何回も観ています。

「スーパーマン」これも名作でしょう。やはり、一作目が一番、良かったと思います。

「ドランクモンキー、酔拳」はジャッキー・チェンのコメディー・カンフー。ジャッキー・チェンもこの頃は若かった。

「エイリアン」これもシリーズ化されましたが、やはり、一作目には驚きました。エイリアンの正体がよく見えなくて、この映画も何度も観ています。

「チャンプ」はジョン・ヴォイト主演のボクサーもの。あの頃はジョン・ヴォイトも頑張っていましたが、今は娘のアンジェリーナ・ジョリーの時代ですね。

「チャイナ・シンドローム」はジェーン・フォンダ主演のサスペンス。ジェーン・フォンダも父娘で活躍していました。今は何をしているのやら。

「ロッキー2」はシルヴェスター・スタローン主演の「ロッキー」の続編。新人だったスタローンも今や、大スターになりました。

「サンバーン」は「チャーリーズ・エンジェル」で売り出したファラ・フォーセット主演のサスペンス。あの頃は女性が皆、あの髪型を真似していました。

「新・明日に向かって撃て」は名作「明日に向かって撃て」のブッチとサンダンスの若き日の物語。「ビッグ・ウェンズデー」に出ていたウィリアム・カットがロバート・レットフォード演じたサンダンスの若い頃を演じています。ポール・ニューマン演じたブッチの方は「メジャーリーグ」でキャッチャー役のトム・ベレンジャーがやっています。二人ともうまく演じていました。

前の年の1978年も、その前年の1977年も、その前の年も数々の名作があったはずです。それらの名作たちのお陰で、夢を抱いてハリウッドにやって来たわけです。


ディア・ハンター  ビッグ ウェンズデー  スーパーマン ディレクターズカット版  エイリアン ディレクターズ・カット  ロッキー2 DTSエディション
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2006年03月24日

あの頃の日活撮影所5、鈴木清順

悲愁物語


鈴木清順が10年振りに映画を撮っているとの噂が撮影所内を駆け巡っていました。

その頃の私は清順の映画は「けんかえれじい」と「東京流れ者」を観ていただけでした。

皆が凄い監督だというので、ちょっと覗いてみました。

薄暗いスタジオの中では、ヌードシーンを撮影していました。

知らない女優でしたが、綺麗な体をしていました。

私は釘付けになって撮影を見ていました。

あとで白木洋子という女優だと知りましたが、その後もあまり活躍していないようです。

噂の監督は浮世離れした仙人のような人でした。

存在感があって、確かに凄い監督だと思わせました。

その映画は「悲愁物語」というタイトルで、勿論、公開された時、映画館で観ましたが、よくわからない映画でした。

10年のブランクで感覚が鈍っていたのかもしれません。

「東京流れ者」のような映画を観たかったのですが、期待はずれでした。


けんかえれじい  東京流れ者  関東無宿  ツィゴイネルワイゼン  夢二  陽炎座    
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2006年03月20日

あの頃の日活撮影所4、カトリーヌ・ドヌーヴ

カトリーヌ・ドヌーヴ


ある日、映画学校の特別講師としてカトリーヌ・ドヌーヴが来ました。

特別講義というのが月に何回かあって、各方面で活躍している人たちが講演をしました。

映画監督や脚本家、キャメラマンや照明の人、俳優や評論家の人たちで、淀川長治さん、奈良岡朋子さんが来たような気がしますが、よく覚えていません。

ドヌーヴは覚えています。

ただ、その日、授業をさぼっていて、ドヌーヴを見る事はできませんでした。

当時、ドヌーヴは三十代の初め頃で、本当に綺麗だったと後で聞いて、がっかりしたものです


シェルブールの雨傘 ポスター   昼顔  暗くなるまでこの恋を  哀しみのトリスターナ  逢いたくて 輝ける女たち
ラベル:日活撮影所
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2006年03月16日

あの頃の日活撮影所3、山口百恵

横須賀ストーリー


これっきり、これっきり、もうこれっきりですか〜

この歌が流行っていた頃、山口百恵と会いました。

当時、百恵の映画は日活撮影所で撮っていたものも多く、「風立ちぬ」もそうでした。

私は大道具のアルバイトをしていて、あちこちのスタジオにもぐり込んでは、スタッフの振りをして撮影を見ていました。

私はそれまで、山口百恵には興味ありませんでした。

テレビでは毎日のように百恵の姿が流れていましたが、特に好きなアイドルでもなかったのです。

百恵が来ていると聞いて、ちょっと覗いてみるかと軽い気持ちで、そのスタジオに入りました。

噂の百恵がいました。

一目見て、私はすっかり、虜(とりこ)になってしまいました。

実物の百恵さんはテレビで見るより、ずっと可愛いのです。

その日、私は夜遅くまで撮影に付き合っていました。


山口百恵/16才のテーマ  山口百恵/This is my trial  山口百恵/コンプリート百恵回帰  山口百恵/不死鳥伝説  山口百恵/L.A.BLUE
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2006年03月15日

あの頃の日活撮影所2、捕物帳

伝七捕物帳


撮影所の大通りに面して中央あたりに従業員食堂がありました。

スターの人も大部屋俳優の人もスタッフたちも皆、そこで食事をしていました。

値段は忘れましたが、かなり安かったように思います。

ちょん髷姿の侍や町人、町娘たちも談笑しながら食事をしていました。

食堂の裏の方に時代劇のオープンセットがあって、中村梅之助主演の「伝七捕物帳」を撮っていました。

時代劇でよく見かけるT字路の江戸の街並みと、池があって、土蔵前の川端だか堀端だかのセットがありました。

池の側には柳の木が植えてあり、橋もあったように思います。

柳の下で、ヒロインが川面を見つめながら悩んでいると、後ろから伝七親分が優しく声を掛けるなんてシーンを思い出します。

あの頃は色々な捕物帳をテレビでやっていましたが、最近は見られなくなりました。

半七捕物帳とか、むっつり右門とか、人形佐七、顎十郎、若様侍捕物帳とか、もう一度、見てみたいものです。


伝七捕物帳 ベストセレクション DVD-BOX  半七捕物帳 BOX  右門捕物帳  人形佐七捕物帖 妖艶六死美人  銭形平次捕物控 まだら蛇  なめくじ長屋捕物さわぎ
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2006年03月14日

あの頃の日活撮影所1、松田優作

松田優作


映画監督になろうとの夢を抱いて、日活撮影所内にある映画学校に入ったのは1970年代の半ばでした。

正門を入ると大通りが奥まで続いていて、両側に体育館のようなスタジオが並んでいました。

赤木圭一郎がゴーカートを飛ばして亡くなった通りです。

映画学校は門を入って左側に曲がるとあり、学校の奥の方に全盛期の頃のオープンセットが残っていました。

銀座の街並みだったように記憶しています。

石原裕次郎や小林旭がそこで拳銃の撃ち合いをしたのかもしれません。

当時の日活はロマンポルノの時代で、いくつもあるスタジオはテレビドラマや他の会社の映画創りに貸していて、ロマンポルノは片隅でひっそりと制作していました。

大道具のアルバイトをしながら、色々な撮影を見学しましたが、ロマンポルノは一度も目にしませんでした。

あの頃、あそこで撮影していたのは、テレビドラマの「俺たちの旅」「大都会」、クイズ番組の「ドレミファ・ドン」、志村喬や小柳ルミ子が出ていたホームドラマもやっていましたが、タイトルは忘れました。

アグネス・チャンやキャンディーズもいたので、歌番組もやっていたのかもしれません。

「俺たちの旅」は中村雅俊、田中健、秋野大作の3人が主演の新しい青春ドラマで人気がありました。中村雅俊はテレビで見るのとまったく同じで親しみやすく、下駄履きで撮影所を闊歩していました。

「大都会」は石原プロの刑事もので、渡哲也はスラッとしていてカッコよく、松田優作はさすがに存在感があって、近寄りがたい雰囲気でした。

日活撮影所とは関係ありませんが、「大都会」と同じ頃の作品で、松田優作と中村雅俊がコンビを組んだ刑事ものに「俺たちの勲章」があります。

対照的な二人の掛け合いが結構、面白かったです。

ドラマの中で中村雅俊が歌った歌は吉田拓郎が作っていて、今でも、おぼろげながら覚えています。


紅の拳銃  暴行切り裂きジャック  俺たちの旅  俺たちの勲章 VOL.1
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2006年03月09日

仁義なき戦い

仁義なき戦い



「燃えよドラゴン」と同じ年に、深作欣二監督の「仁義なき戦い」が上映されました。

この映画も私の生き方を変えたと言ってもいい映画です。

それまで、日本映画はあまり観ませんでしたが、「仁義なき戦い」を観て、日本映画も面白いじゃないかと、以後、東映映画はほとんど観るようになりました。

東映だけでなく、松竹の寅さんや日活のロマンポルノ、角川映画やATGの映画も観るようになりました。

そして、自分も映画を作ってみたいと思うようになって、映画の学校に進みました。

監督になるには脚本を書かなくてはならないという事を学び、今まで、作文なんて苦手だったのですが、何とか書き上げました。

どんな本を書いたのか、今では覚えていませんが、一本書き上げた事で自信が付き、以後、文筆活動を続けています。

脚本から小説に変わりましたが、「仁義なき戦い」を観ていなかったら、多分、小説を書いていなかっただろうと思います。


仁義なき戦い   仁義なき戦い#広島死闘篇   仁義なき戦い#代理戦争   仁義なき戦い#頂上決戦   仁義なき戦い#完結篇
ラベル:仁義なき戦い
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2006年03月08日

燃えよドラゴンは強烈でした

ブルース・リー / 燃えよドラゴン


ブルース・リーとの出会いは強烈でした。

ジェームズ・ディーンの「エデンの東」を見に映画館に入りました。

同時上映していたのが「燃えよドラゴン」でした。

その頃、ブルース・リーの知識はまるでなく、ただ、圧倒され、その凄さとカッコよさに、ジェームズ・ディーンは吹っ飛んでしまいました。

もう一度、見たいと何度も映画館に通いました。

彼に関する資料も集め、すでに亡くなっている事を知って驚きました。

その後、彼の主演映画が次々に公開され、勿論、すべて観ました。

彼のおかげで武術に興味を持って、中国拳法の事を調べ、やがて、日本の古武術を知り、新陰流の流祖、上泉伊勢守(かみいずみいせのかみ)を知る事となりました。

そして、伊勢守の師匠、愛洲移香斎(あいすいこうさい)を知り、小説「陰の流れ」を書き始めたわけです。

もし、ブルース・リーに出会わなかったら、今頃は別の生き方をしていたかもしれません。


小説「陰の流れ」は私のホームページ酔雲庵に連載しています。興味のある方はご覧下さい。


ドラゴン怒りの鉄拳  ドラゴンへの道 デジタル・リマスター版  ディレクターズカット 燃えよドラゴン 特別版  BRUCE LEE in G.O.D 死亡的遊戯  ENTERBAY 12インチ ブルースリー ドラゴンへの道
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