2006年03月14日

あの頃の日活撮影所1、松田優作

松田優作


映画監督になろうとの夢を抱いて、日活撮影所内にある映画学校に入ったのは1970年代の半ばでした。

正門を入ると大通りが奥まで続いていて、両側に体育館のようなスタジオが並んでいました。

赤木圭一郎がゴーカートを飛ばして亡くなった通りです。

映画学校は門を入って左側に曲がるとあり、学校の奥の方に全盛期の頃のオープンセットが残っていました。

銀座の街並みだったように記憶しています。

石原裕次郎や小林旭がそこで拳銃の撃ち合いをしたのかもしれません。

当時の日活はロマンポルノの時代で、いくつもあるスタジオはテレビドラマや他の会社の映画創りに貸していて、ロマンポルノは片隅でひっそりと制作していました。

大道具のアルバイトをしながら、色々な撮影を見学しましたが、ロマンポルノは一度も目にしませんでした。

あの頃、あそこで撮影していたのは、テレビドラマの「俺たちの旅」「大都会」、クイズ番組の「ドレミファ・ドン」、志村喬や小柳ルミ子が出ていたホームドラマもやっていましたが、タイトルは忘れました。

アグネス・チャンやキャンディーズもいたので、歌番組もやっていたのかもしれません。

「俺たちの旅」は中村雅俊、田中健、秋野大作の3人が主演の新しい青春ドラマで人気がありました。中村雅俊はテレビで見るのとまったく同じで親しみやすく、下駄履きで撮影所を闊歩していました。

「大都会」は石原プロの刑事もので、渡哲也はスラッとしていてカッコよく、松田優作はさすがに存在感があって、近寄りがたい雰囲気でした。

日活撮影所とは関係ありませんが、「大都会」と同じ頃の作品で、松田優作と中村雅俊がコンビを組んだ刑事ものに「俺たちの勲章」があります。

対照的な二人の掛け合いが結構、面白かったです。

ドラマの中で中村雅俊が歌った歌は吉田拓郎が作っていて、今でも、おぼろげながら覚えています。


紅の拳銃  暴行切り裂きジャック  俺たちの旅  俺たちの勲章 VOL.1
posted by 酔雲 at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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